702講義室
2016-12-05 09:22:00
究極の芸術
芸術とは「現実の創造」である
その目的は「世界観の構築」と「救済」にある
この世で究極の芸術作品は何か?
と聞かれたら
迷わず 私は
ゴータマ・シッダールタ作『仏教』と答えるでしょう
2016-12-04 08:19:00
現実は、創れる!
現実は記憶からできています
では、記憶はどのように保存されているのでしょう?
脳は「色」「形」「明るさ」「動き」など別々(バラバラ)に
記録していて、それらを統合して一連の記憶として認識する
記憶は合成である
つまり
目の前の現実は、記憶の合成である
ならば
本物の記憶自体、合成なのだから
合成された偽物の記憶もまた、当然リアルである
すると
過去の記憶を再合成し、創作された偽物の記憶は
本物の記憶と変わらない新しい現実となる
つまり
現実は、創れる!
2016-12-03 08:13:00
自我が認識する現実
自我とは過去の記憶からなる
重要性の高低を決める関数である
自分にとって重要なものが、自我という評価関数を決める
現実とは評価関数によって見えるもののことである
評価関数はすべて過去の記憶からなる
目の前の現実は
自分にとって重要な記憶で成り立っている
その他の記憶はあると思っているだけ
重要でないものは存在しないのと同じ
2016-12-02 07:21:00
「現実」は「記憶」からできている
光として入力された情報は、前頭前野に送られて
記憶との照合・合成の結果、初めて意味が認識される
現実は記憶からできています
脳の情報処理能力およびスコトーマの観点から考えると
次のようになります
・人間は見たことがあるものしか認識しない
・見たことのあるものの組み合わせしか認識しない
・初めて見て認識できる見たことのないものは
過去に見たことのあるものとの類似性により認識している
さらに
・人間は自分にとって重要なことしか認識しない
・目の前の現実は、自分にとって重要な記憶で成り立っている
記憶であろうが現実であろうが
すべて記憶である
2016-12-01 21:44:00
人間が物を見るメカニズム
人は光を見てどのように物を認識しているのでしょうか?
それではここで、視覚による認識システム
に関して簡単に整理してみます
目の前に広がる世界の様相、形や色は光として眼に入る
網膜で電気信号に変換され
視交叉を経て、視覚野で画像処理され画像となる
画像情報は海馬にて重要度により選別され
前頭前野に送られ、そこで始めて形が感じられ
記憶との照合・合成処理の後、意味が認識される
というプロセスを経ることになります
光という電磁波が網膜で電気信号に変換され
電気信号が視覚野で画像に変換されて
初めて我々が見ているような世界になるのです
視覚野についてもう少し詳しく説明すると
視覚野は画像が映し出されるモニターのようなものです
細胞の集合体で、ドットによるCG画像と近似している
細胞は丸みを持っており、映し出される画像の輪郭は
ぼやけているが、画像処理により明快な形となる
視覚野は6層に分かれており、電気信号を受け階層的な処理を行う
解像度はそれほど高くないが、何層ものフィルターにより
大まかな形で捉えられていたものが、徐々に細密に映像化される
シャープな形を映し出せばその分負担がかかることになる
視覚野における画像処理
エッジを統合する
同じ程度の明るさを統合する
陰影の特徴を読み取る
対象物の形態、知識を記憶より探す
コンピュータグラフィクスと酷似していることにお気づきでしょうか?
我々が見ている世界は、脳の中で作られた表現で
そのような風景が実際に存在するわけではないのです