2018-03-24 22:01:00
いきなり本題ですが
「結びつけ問題」に素朴な疑問があります
わんぱく小僧が、目覚まし時計に興味を持って
バラバラに分解して観察したうえで
もう一度、組み立て直そうとする行為に
「結びつけ問題」をなぞらえることがよくあります
私の素朴な疑問は
最初から、わんぱく小僧が、それを目覚まし時計だと分かっているという前提にあります
解りやすいように、視覚情報に絞って考察してみたいと思います
「目の前の白いテーブルの上に、赤いリンゴが1個のっています」
私が、このリンゴの絵を描くときどうするか?
カメラを持ってきて、写真を撮り、プリントします
この写真の2次元情報を、キャンバスの2次元情報に置き換えるだけです
つまり、写真のこの位置の赤い色を、キャンバスのこの位置塗る
その結果として、リアルなリンゴの絵が完成します
2次元平面である網膜に入ってくる視覚情報は、光のシャワーのようなものです
この情報を脳は、一次視覚野において、いったんバラバラに分解して、組み立て直すということですが
その分析とは
どんな直線、曲線があるか
どんな色が、どこにあるか
どこかに動き、変化があるか
ということなどでしょう
この時点では、リンゴもテーブルもないはずです
これら、別々の要素で分析された2次元情報
(色だけにされた情報と線だけにされた情報)が
レイヤーのように重なり合った時に、初めて
何らかの1個体であると、背景から分断判別され、さらに記憶と照合した結果
これは、リンゴだ
これは、テーブルだ
ということになるはずです
個体存在の認識が先にあって、その個体が
どんな形であるか
どんな色であるか
どんな動きをしているか
という順番でバラバラに分析、記憶するのではないということです
つまり、全く同じ情報でも
赤と白い色をした1つの物体として、全く違う判別になることもありうるということです
ある個体に、リンゴであるための色や形の要件をピックアップして結びつけるのではなく
丸い形で赤い色が重なったときに浮かび上がる個体存在の認識に、リンゴかもしれないという解釈が結びつくという順番になる、、、というニュアンス?
結びつけるのではなく、ついたときに認識がおこる
リンゴであるための、丸い形や赤い色という要件は
後から別に、脳の前頭葉で(逆方向から)なされた分析であって
結び付けは、それによってなされているわけではない
のではないか?という疑問です